【開発秘話】缶入り煎茶

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1984年 世界初「缶入り煎茶」開発までの道のり 昭和編(まとめ記事)【#開発裏ばなし】

「商品企画室に異動を命ずる」 1981年5月、一人の若き社員に辞令が下った。異動先は「商品企画室」。商品をプロデュースする、そんな部署だった。聞こえは良いものの、当時の総員は3名。つい前日まで、茶葉の営業としてお店を駆け回っていたなかでの辞令だった。誰一人作り方を知らない「缶入り煎茶」の開発は、ここから始まった。 △社 三雄(やしろ みつお)取締役 専務執行役員。1981年から、商品企画室(現在のマーケティング本部)にて、「お~いお茶」を含む飲料開発に携わる。 時を同じ

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世界初の商品を生み出せ!若者たちの挑戦 昭和編【#開発裏ばなし】

「日常茶飯」つまり、馴染みのあり誤魔化しの利かない緑茶の飲料開発の壁。「自然のままのおいしさ」の実現の舞台裏では、お茶の香りを追い求めた若者たちの奮闘ぶりはどんなものだったのだろうか。 どのような商品も、世の中に出る、その舞台裏には、多くの人々の、それぞれの立場から戦わせる意見、試行錯誤、まさに「産みの苦しみ」を経て誕生します。「たかがお茶、されどお茶」緑茶飲料の可能性を信じ、困難に立ち向かった人たち。 突破口を開いてから発売まで怒涛の数カ月。今日は、世界初緑茶飲料 誕生

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突破口を探し出せ!小さなお茶会社のデッカイ夢 昭和編【#開発裏ばなし】

「そんな夢みたいなこと・・・。」「夢ばかりみるんじゃない。」「はたまた、100年早い?!」社会に出た若者たちに、突きつけられる現実の壁。 どのような商品も、世の中に出る、その舞台裏には、多くの人々の、それぞれの立場から戦わせる意見、試行錯誤、まさに「産みの苦しみ」を経て誕生します。 「たかがお茶、されどお茶」 緑茶飲料の可能性を信じ、困難に立ち向かった人たち。 今日は、世界初の飲料を生み出した、当時29歳。商品企画担当者が心に抱いたデッカイ夢のお話。 高度経済成長期。甘

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29歳。お~いお茶 商品企画担当者の七転八倒 昭和編【#開発裏ばなし】

どのような商品も、世の中に出る、その舞台裏には、多くの人々の、それぞれの立場から戦わせる意見、試行錯誤、 まさに「産みの苦しみ」を経て誕生します。 「たかがお茶、されどお茶」 緑茶飲料の可能性を信じ、困難に立ち向かった人たち。 今日は、世界初の飲料を生み出した、当時29歳。 商品企画担当者のお話。 そんなもん、売れない!のコトバは成功の兆し?! ▲「お~いお茶」生みの親。社 三雄(やしろ みつお 現 取締役 専務執行役員)緑茶ブランドグループメンバーとの試飲のようす

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